ななつ星もIKEBUSもここから生まれた

ゆふいんの森、ななつ星in九州、そしてIKEBUS。
デザイナー 水戸岡鋭治 氏により生み出された列車や車体には、工芸品のように作り込まれた珠玉の世界観がある。
そんな巨匠の事務所「ドーンデザイン研究所」があるのは11-1studioからもほど近い、板橋区中丸町。いつも前を通る度、ずっと気になっていた場所だ。
コンクリート打ち放しのモダンな建物の入口奥に広く取られた5層吹抜けの中庭には、キンモクセイの樹が1本青々と聳えていて気持ちが良い。
1972年に上京。この場所に事務所を構えたのは奥さんの実家の土地だったからだそうで、設計は自ら行ったとのこと。
エレベーターのボタンを押し、ドアが開いた瞬間息を呑んだ。
ウィリアム・モリスを彷彿とさせる植物模様の壁面。すでにここから世界観が始まっているのである。

<車体のデザインではなく、世界観のデザイン>

「鉄道デザインと言っても車体のデザインだけじゃない。ポスターや制服からシートや家具、テキスタイルといった内装、運行方式、車内サービス、駅舎、サイン、バス停に至るまで、うちは昔から全てのデザインを行う。」
と水戸岡氏。
例えば豊島区民に馴染みが深いIKEBUS(イケバス)。
真っ赤で角張った車体やレトロな内装にまずは目が行くが、停留所やサイン、ポスター、地図、運転手のユニフォームから、時速19kmでゆったり街中を走るという運行スタイルのあり方に至るまで、トータルにデザインを行き渡らせている。
左上:大分市美術館での企画展「水戸岡鋭治デザインワンダーランド 駅弁からななつ星」の図録(2015年)。
図録もオリジナルデザインでステッカーなどの付録付き。 ※以下図版写真は同著より引用
右上:885系かもめの車体およびビジュアルイメージ。ポスターは背景など含め細かな指示のもと作り込まれている。
左下:蓄積されたオリジナルのテキスタイルパターン
右下:トレイン型の「移動式公園」のアイデアスケッチ
車内の家具やカーテンの生地の錦模様のようなテキスタイルも、水戸岡氏のオリジナル。 しかも毎回新たなプロジェクトに合わせてデザインしているため、蓄積されたパターンは数百を優に超える。
この世界観を体験するとき、たぶん多くの人は総体としてしか認識しないし、こんな細部まで目が行くのは予備知識のある人か相当のプロくらいかもしれない。 本来異様とも言うべき世界観かもしれないが、徹底されて違和感なきまでに溶け合っているので、さりげなく感じてしまうほどのもの。
ただ一度、その世界観を細かく観察し始めるとその世界観を作り上げている緻密な要素に感動を覚え、そこまで徹底してデザインされていることに驚くような、そんなものではないだろうか。
しかし、なぜこれほどまでにデザインを徹底できるのだろうか。
<丹念に描き込まれたパース=図面>

水戸岡さんが生まれたのは岡山の洋家具製造業の家。
幼い頃から木を削って製品を作り上げる職人を見て育った。
特に絵を描くことが好きで、樹木など自然の万物を丹念に観察して描いた。
イラストレーターとなり、上京して10年は主にマンションなどのパースを受注。年間500枚くらい描いた年もあったという。
最終的にアートディレクション全般を担当することになった福岡のホテル「海の中道」のポスターデザインの仕事が、JR九州との出会いとなり、その後の鉄道デザインへとつながっていく。
現在の鉄道デザイン手法は、そのイラストレーターとしての手腕やスタイルの延長上にある。
パースは水戸岡さんが下絵を描き、色なども指示し、スタッフがコンピューターで着色。
その仕事手法は、まるでジブリなどの一流アニメーター事務所さながらだ。
「うちは模型は作らない。模型を作ると安心してしまうから。作るまで不安な状態は残している。」
と水戸岡さん。
図面そして詳細に丹念に描き込まれたパース。デザインを検討し、その意図を施主や職人に伝達するツールとして用いられる。
これらのパースは寸分違わない正確なスケールや納まりで描き込まれており、職人にこれを渡せば作れてしまうくらいのレベルのものとのこと。
幼少期からのよく観察して描く習慣と、身近に見てきた家具職人の技術。
世界観を描き、実現するための賜物となっているのだろう。
<職人と技術の結晶 ななつ星>

豪華寝台列車「ななつ星in九州」をはじめとする観光列車はドーンデザイン研究所の代名詞とも言える作品だ。
水戸岡さんの描く世界観と多くの職人さんたちの技術が結実した結晶。
組子細工の木建具、エッジングの施されたガラス、レトロに豪華に作られた家具や照明、天然素材にこだわった空間。
平成にあって職人との協働による豪華列車という前例なき仕事をどのように成功させたのだろうか。
左:「或る列車」の内装パース。寸法・模様・納まり、全てが製作図レベルで作り込まれている。 ※前述図版ページより引用
右:「ななつ星」の内装木扉のモックアップ。列車内の内装材は不燃とする必要があるため、アルミ押出材で下地を作った上に無垢材を練付けている。
「職人さんがその持つ力を100%出せるような面白いと思えるものを一緒に創れるか。」
だと水戸岡さんは語る。
現代日本の多くの職人が置かれてる状況、それは効率性や均質性優先の'製品生産'であり、本来持つ力の3~4割くらいでできてしまうものばかりだと言う。
ななつ星の格子扉で協働した大川の組子職人は最初の対話の際否定的だった。
「電車のような動く部分の格子は壊れるから難しい」と。
しかし水戸岡は「壊れたら直せば良い。直しが必要なものだからこそ愛着も生まれるし職人の仕事も技術も続く。」と言って口説いたのだった。

20代で上京してから50数年、仕事し通しの人生。
そのうち仕事からは退き、自由気ままに絵を描きたいとのこと。
水戸岡さんの創作は今後も続いていくのだろう。
ドーンデザイン研究所
板橋区中丸町
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