歴史ある現役の町工場
屋号も看板もない、間口の広い建物。
奥の作業場からは職人が材を加工する音が聞こえてくる。
入口の軒下では週毎に形や趣の異なる什器が並び、梱包されトラックの荷台に乗せられてどこかへ運ばれていく。
機械場と組立場
池袋木工は町工場として今も複数名の職人を抱え現役で稼働する木工の家具工場である。
トラックも入れる1階の広い加工場には、大型のこ盤からプレス機まであらゆる工作機械が並ぶ。
かつては最大で30人ほどの工員を抱え、国会の家具を納入していた時代もあったようだ。
2階には、組立・塗装のための作業場。
ここは全てが手作業。
家具工場といえば、全く同じものを数十個同じ精度で作ることが求められる。
作業台に比して非常に広い組立スペースがあるのが大きな特徴ではなかろうか。
戦中の上京創業
池袋木工は1939(昭和14)年銀座で創業し、その工場は池袋2丁目にあった。
1952(昭和27)年に現在の池袋3丁目の地に本社兼工場として移転し、その後脈々と今に至る。
初代は丸山行雄氏。
戦時中に山梨から東京へ上京し、初めは青物売りなどもしながら創業した。
相当な開拓精神を持って上京し、東京で開業。それは、この地域にある他の町工場や商店街の初代と共通しているのかもしれない。
生業を続けていくこと
2代目 雄一氏の時代には工員30人ほどを抱える時期もあった。
現在は3代目 敏雄氏がバトンを受け継いでいる。
家具・什器は需要の変動が激しく、なかなか日々容易ではないという。
だからこそ、得意先とのつながり意識が強くなるのは必然なのかもしれない。
先代が国会に納めていたように3代目も独自の得意先をつくり、会社を走らせているのである。
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