019.宮澤商事
- 11-1 Studio
- 2019年1月7日
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創業の地・池袋に残る鋼材屋
要町交差点に材木市場があり、その周囲の旧長崎村(現池袋三丁目~椎名町)エリアには木工・建具系の町工場が多いイメージがある。逆に池袋三丁目から板橋区側に向かうと、次第に金属加工・精密機器の工場が増える印象がある。しかしあまりこの辺りで金属材料が手に入りやすいという印象は、正直今まであまり無かった。
しかし最近googlemapでふと「鋼材屋」と近隣検索をしてみた時に、意外にもかなり近くにそんな場所があることを発見した。それは都内有数熊野町交差点の足下、交差点の角にある白い鉄骨造の建物。谷端川南緑道(豊島区側)の北端でもある。
今まで気づかなかったのだが、壁面には大きく「鉄」「鋼」の文字、高いシャッターのある開口から覗くと鋼材やクレーンが並ぶ渋い空間が広がっている。
宮澤商事はここ池袋に根付く鋼材卸売問屋である。
戦後、量の時代
創業者 宮澤友彦氏は、戦後の昭和29年、樺太から上京しこの地に鋼材屋を立ち上げた。
まだ川越街道も無舗装の砂利道で、リヤカーが走り回っていた時代のことだ。
戦後復興の鉄鋼需要に目をつけた。
その先見は当たり、高度経済成長期、大量の鋼材が必要とされていった。
まさに「量の時代」、売れば売るだけ売れる時代だった。
交通の結節点であるこの場所は、そんな卸にうってつけの場所だった。
短期小口対応へのシフト

やがて成長は落ち着き、大口取引はどんどん減少する。
宮澤商事は二代目の頃から短納期小口対応にシフトした。
そのため、製造業者だけでなく、アレグロなどの美術・造形系業者からも発注があるという。
「うちは一番でなくても良いんです。」
現在四代目の敏彦氏は話す。
たとえ大手であっても急を要する小口調達が必要になる時は必ずある。
そんな細かい需要に対応できるのが、宮澤商事の強みなのである。
都内と埼玉方向との調達・加工の結節点

かつてこのエリアには、鋼材の材料屋・加工屋が多くあったという。
それら取引先の多くが広い土地を求めて主に埼玉に移転していく中、宮澤商事はこの地に留まることを選んだ。
熊野町という、埼玉から東京へのターミナルとなるこの場所。
都内と埼玉方向を結ぶ中継地点として、その流通体制がうまく機能している。
午前中、主に浦安の鉄鋼団地で仕入れた材料を本社で捌いて午後埼玉方向へタイムロスなく配送。
さらに、曲げやレーザーなどの加工が必要な場合は、当時から繋がりのあった埼玉の取引先工場に加工を投げることで、各種加工にも対応している。
宮澤商事株式会社
豊島区池袋4-36-10
03-3984-5661
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